「思い」が体を癒す

 プラシーボというものを知っているでしょうか。
 患者を喜ばせる、気分を良くする目的に処方される、まったく薬理作用の無い薬のことです。
 薬理学的に効果の無いものであっても、「これはよく効く鎮痛剤です」と言って投与すると、約3割近い患者に鎮痛効果が現れるのだといいます。
 これを医学ではプラシーボ効果と呼んでいます。
 実際に、その鎮痛効果の現れた患者の脳からは、エンドルフィンという興奮物質が多量に抽出されていたのだそうで、痛みが消えたのはこのエンドルフィンによるものであると結論づけられることが一般的見解とされています。
 しかし、私はこの実験に、まったく別の驚きを覚えました。
 肉体とは『治る』と信じれば、3割もの高確率で回復力を発現させるのだ、と。

 薬が効かなかった7割の人には、脳内物質が出なかったのでしょうか。
 あるいは、それをもってしても消えないほどの物理的外傷があったから痛かったのでしょうか。
 そうは思いません。そもそもこういった実験に、あからさまに分かるレベルの外傷のある人間を連れてくるケースは少ないでしょう。
 逆に、プラシーボ効果で痛みが無くなったとされた患者は、すべて脳内ホルモンの影響によるものだったのでしょうか。
 もちろん、それも大いにあると思います。しかしその脳内物質を出したのは、そもそもなぜなのか。
 それは、肉体そのものが自分自身を治そうとしたからなのです。

 痛みとは、ほんの些細な筋肉の緊張で容易に起きるものです。
 肉体には、針で刺してもロクに痛みを感じない個所もあれば、指で押されただけでも激しい痛みを生じる個所もあります。
 その痛みを感じやすい部位の筋繊維が緊張状態であれば、眉をしかめるほどの激痛など簡単に起きてしまうものなのです。
 痛みを治す方法のひとつは、緊張状態を解くことです。もう張り詰め続けなくて良い、と肉体に教えてあげることです。
 この実験では、これ以降のことは書かれていないため、ここからは想像でしかありませんが、もし脳内物質の影響が痛みを緩和したのだとするなら、その効果が切れれば痛みは再発したはずです。
 ですが恐らく、この患者たちが再び痛みに苦しむことは無かったと思います。
 なぜなら彼らは、そのよく効く鎮痛剤とやらを飲んだ時に、きっとこう思ったからではないでしょうか。
「これでもう大丈夫」
 その一言だけで、肉体は自分自身にかけていた高緊張を解き、痛みの原因そのものを治してしまったのでは……と。
 プラシーボ効果の本当の効果とは、実はこれではないかと考えています。
 脳内物質は、痛覚を鈍くさせて痛みを和らげることはできても、痛みの原因そのものを治す効果はありません。
 しかし、痛みの原因が局所的な緊張であり、それが安心によって解れたとするならば、痛みが消えるのも納得です。
 そうです。肉体は思いひとつで「自分を癒す」能力を発現させるのです。それも、3割もの高確率で。
 肉体とは、打率3割バッターならぬ、回復率3割の一流ヒーラーなのです。
 とかく私たちは肉体に不調が出ると、それを肉体の弱さに原因があるとし、やれ薬だやれ医者だと外的処置を取ろうとしがちです。
 けれどたまには「キミに任せる。キミなら大丈夫」と、肉体を信じて打席に送り出してやる度量もあってもいいのではないでしょうか。
 思いもよらなかった健康の特大ロングアーチが見られるのは、案外そういう場面なのかもしれません。
Masaki