人のからだは、100人いれば100通りあるものです。
こうしてボディワークをしていると、実に様々なボディと出会いますが、今回はその中で感じた『力の関係性』について話をしてみましょう。

前回まで、5回にわたって連載した『平衡』という内容にも通じることですが、人のからだとはバランスを非常に重視するものなのです。
そのバランスとは、内的バランスはもちろんのこと、外部からの影響に対してもバランスを取ろうとします。

強い圧力が外からかかれば、からだは内側からそれと同じ力でもってバランスを取ります。
逆に、弱い圧力であれば、からだはそれと同程度の弱い圧力でバランスを取るのです。
高地に行っても体が破裂しないのも、深い海に潜っても体が押し潰されないのも、からだがこのバランスを保つ能力を備えているからにほからないのですが、その能力は環境適応のために用いられるものばかりではありません。

実は、私たちのような多くのボディワーカーが行うマッサージに対しても、この能力は発揮されてしまうのです。

人によってそれぞれ異なる印象を持っていることは承知のうえですが、
強いマッサージ
痛いマッサージ
のほうが、なんとなく効果がありそうな雰囲気はしないでしょうか。

この印象は、決して間違っていません。
からだはバランスを取る存在であると語りましたが、強いマッサージや痛いマッサージというのは、からだがバランスを“取りきれない”ほどの大きな力で行うもののことです。
そしてからだというものは、このバランスを取りきれない状態になると、バランスを取ることを止めて、無抵抗になるのです。
つまり、外部からの力に対して“お手上げ”“降参”状態になるため、結果的にマッサージの効きが良くなる、ということです。

ひどい肩こりの人などは、殴られているのではないかと思うような強い肩たたきを「気持ちがいい」「効いている」と感じるそうですが、これはからだの平衡を司る能力のひとつなのです。

しかし、強いマッサージや痛いマッサージが『良いマッサージ』であるかというと、そんな単純なものではありません。
確かに、一定の効果はありますし、受け手が「マッサージを受けた」気分になりやすいというメリットもあります。
ですがなにごとも「過ぎたるは及ばざるが如し」です。
からだがお手上げになってしまうほどの強い力を何度も受けてしまうと、いわゆる“揉み返し”のような状態になって、何日も傷みが残ったり、逆に炎症を起こして余計に傷みがひどくなってしまうこともあります。

そして、もうひとつ。
からだそのものが、もしマッサージで受ける強い力“以上の力”を持っていたら、どうなるでしょうか。

日頃から運動をしてからだを鍛えている方や、ダンスや演劇などの身体表現を趣味で行っている方などは、からだそのものが優れた強さを持っているケースが多く見受けられます。

ここで言う強さとは、肩こりなどで見られる硬さではありません。
たとえていうなら、肩こりの硬さを錆びた鉄のようなものであるとすると、定期的に鍛えているからだの強さとは、硬度と弾性を併せ持った鋼のようなものでしょうか。

こういったからだを持っている方に力強いマッサージを行っても、からだそのものがその圧力に対して簡単に“平衡を作りだして”しまうのです。
どれだけ強い力でかかわろうとしても、からだ自体の持つ力が優れているため、ワークを受け入れるお手上げ状態にならないのです。

恐らく、スポーツ整体などに専門的な知識や技術が必要とされるのは、こういった能力をからだが持っているからなのでしょう。
酷使ではなく、然るべき手順の中で鍛えられたからだというものは、外部からの圧力に対して平衡を作りだす能力に優れているのでしょう。

このようなからだに向かって中途半端に強い力でマッサージをしてしまうと、からだがその強さに対してバランスを取ろうとしてしまうのです。
しかし、当たり前ですがそれはマッサージによって与えられた力ですから、本来のからだにとっては不必要なものとなります。

その結果どうなるのか、ご想像のとおりです。
からだは強い力に対して強い力で“応えきってしまい”、ほぐすためのマッサージのはずが、かえって硬化させてしまった……ということにもなりかねないのです。

こういったとき、我々ピタゴラスの手が取る選択のひとつが、『緩やかなワーク』なのです。
緩やかというのは、決して弱いという意味ではありません。
穏やかな力でからだにアクセスするワーク、ということです。

先述のとおり、からだは外部からの圧力に対して平衡を作りだそうとします。
ということは、強い力でワークを行えば、からだは強さをもって平衡を作ります。
そして、緩やかな力でワークを行うと、からだはそこに『緩やかさ』という平衡を作りだそうとするのです。

これが前回まで語っていた、からだの持つ『平衡』の能力の妙です。
鍛えられたからだは外部からの圧力に対して平衡を作りだす能力に優れている、と書きました。
まさにそのとおりなのです。
平衡を作る能力に優れているということは、緩やかさに対してもまた、適切な平衡を作るのです。

そうです。
からだが、自らの意思で、緩やかさを作りだそうと動き出すのです。
力強いマッサージでお手上げ状態にされるのとは訳が違います。

先述のとおり、からだは十人十色、千差万別です。
しかし、このような『緩やかなワーク』を必要としているからだの多くは、よく鍛えられた、平衡を作りだす能力に優れたものが多いですから、
この緩やかなワークを受けた結果として、

「いつも以上にからだが軽い」
「身長が僅かに伸びたような気がする」
「からだの中心がはっきり分かる」

といった声を、よく頂戴します。
強い力でもって“伸ばされる”のと、緩やかな力に促されて自発的に“伸びてゆく”ことの違いなのかもしれません。

からだは、ひとりひとりがまったく違う個性を持っています。
しかし、からだが『応えるもの』であり、『バランスを取ろう』とする能力に優れている、という点は共通しています。

肩たたき機やマッサージチェア、あるいは一般的な力強いマッサージでは、いまひとつ効いている気がしないという方は、ぜひ一度『ピタゴラスの手』の『緩やかなワーク』を試して頂ければと思います。

今そのからだが、どのような、どの程度の強さのマッサージを欲しているのか。

それを第一に、私たちは日々お客さまのからだに向き合っています。