今回は、からだの平衡というテーマの一応の最後として、交感神経と副交感神経という、ふたつの神経の話をしてみます。

そもそも、前回紹介した自律神経とは、
『生命活動を維持する細胞機能を正常に活動させるための情報交換を、本人の意思とかかわりなく行う神経』
のことであり、特に内臓機能をコントロールする神経として一般に広く知られています。

それらは、内臓からの情報を受け取る神経と、受け取った情報をもとに新たな情報を送る神経に分けられます。
この情報を送るための神経は、目的に応じてふたつの名前を持っています。

それが、交感神経と副交感神経です。

つまり交感神経と副交感神経というのは、生命活動を行う情報を送信する2種類の神経、と言えるでしょう。

なぜ、情報を受け取る神経は1種類なのに対して、情報を送る神経は2種類なのでしょうか。
一般的には、緊張の指令を送る神経が交感神経、弛緩の指令を送るのが副交感神経なのだと考えられています。
しかし実際には、これほど単純なものではありません。

前回の記事で、自律神経のバランスを、水の濃度設定にたとえて話をしたのを覚えているでしょうか。
交感神経と副交感神経は、人間で言う右手と左手のようなものだとイメージしてみてください。
情報を送るということは、内臓諸器官を構成する細胞に「どのように活動すべきか」という命令を出すということです。
情報の質や量の調整をする際、それを片手だけで行うのと、両方の手を使って行うのと、どちらが正確で微細な調整ができると思いますか。

そのとおりです。「水の濃度設定」のたとえ話で言うなら、この交感神経と副交感神経が、外から注がれた刺激という液体に対して、
それを中和するのに適切な中和液を適量作るための基準設定を担当しているのです。

生命活動をするために必要な細胞の情報処理速度は
『1分間に10万件の処理速度』
と表現されるほどだと言われています。
スーパーコンピューターも驚きの早さです。

生命活動とよばれる密な「情報入力→入力した情報を元に判断→情報出力→情報入力→……」の連鎖を「速さと正確さ」を保ちつつ維持させるために、自律神経は入力系と出力系のラインを明らかにする必要があったでしょう。
結果、自律神経は、情報入力系の神経と、情報出力系の2種類の神経を備えたといえます。

解剖学的根拠に基づいた解説ではありませんが、このように解釈すれば情報を送るための神経が2種類あることにも納得がいくのではないでしょうか。

これを単に、緊張と弛緩、という言葉だけで説明することは難しいでしょう。

交感神経と副交感神経を両の手にたとえたのは、このためです。
生命活動を維持するための自律神経は、この両手での微細なバランス調整でもって、からだの中を適切な濃度に保つための中和液を作り続けているのです。

では、交感神経と副交感神経が、単に緊張と弛緩という平衡を作っているというわけではないというのなら、このふたつが作りだす平衡とは、なんなのでしょうか。

交感神経と副交感神経は、確かにからだの平衡を司る大事な役割を果たしています。
しかし、別にこの神経そのものがお互いにバランスを取り合っているわけではありません。
確かにそういった面もありますが、それは先ほどのたとえでも出したとおり、ちょうど左右の手のようなものであり、そこで取っているバランスというのは、外から注がれた刺激という液体を中和するための中和液の濃度設定です。
そうです。
交感神経と副交感神経という両の手を使って作りだそうとする平衡は、感覚神経を通じて『外部からやって来た情報』に対してなのです。

もし、外から来た情報のすべてが、生命活動を円滑に行うことのできる正しい情報ばかりであれば、交感神経と副交感神経のふたつの神経はなんの苦労も無く適切な中和液を作り続けられるでしょう。

しかし、実際にはそう上手くいかないことのほうが多いものなのです。

過食や夜更かしをはじめとする不規則な生活。
過剰な緊張の中で長時間の生活を余儀なくさせるストレス社会。
私たちの現代生活は、円滑な生命活動を阻害する要素に満ち溢れています。
言うなればこれらは、健康という平衡を乱す情報として、からだに蓄積されてしまいます。

健康という面から見れば、これらはからだにとっての誤情報です。
しかも、たとえればそれぞれ濃度の異なる液体なわけですから、それらを注がれるたびに自律神経は交感神経と副交感神経をフル稼働させて、適切な中和液を何十、何百種類と作り続けるのです。

交感神経が緊張、副交感神経が弛緩を司る神経だと誤解されるのは、これが原因です。
本来であるなら一定の濃度の中和液をコンスタントに作っていれば良いはずなのに、私たち本人の不規則な生活によって生じる誤情報を中和するために、

あるときは交感神経メインで中和液を作り、
またあるときは副交感神経メインで中和液を作り、
絶えずそのバランスが左右に振られているため、
あたかもふたつの神経が緊張と弛緩という綱引きの綱を引っ張り合うようにしてバランスを取っているように見えてしまう……

ということなのです。

けれど、交感神経と副交感神経は外部からやってきた誤情報を中和するための中和液を作ってバランスを取ってくれるのだから、そのおかげで健康が保たれているのだろう……と考えがちですが、実際はそうではありません。

このふたつの神経は、外から誤情報が来たとしても、その誤情報に対して“正確に”バランスを取ろうとしてしまうのです。

からだとは、外から来た情報に対して応えるものです。
外から善い情報が来たら、それに対して適切に応え、
悪い情報が来たら、それに対してもまた適切に、それも即座に応えてしまうのです。

少し長くなってしまったので、今回はここまでとします。

次回は、この『応える』ということがどういうことなのか。
『応える』ということが、からだの平衡とどう関係しているのかを語って、締めとすることとします。